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濃飛新報

「愛国的無産政党の不在」90年前と同じ課題

戦前, 日本で初めてカール・マルクスの著書, 「資本論」の全訳に成功したマルクス研究者であり, 後に国家社会主義者となった高畠素之の著書「批判マルクス主義」の一部を紹介する.

 90年前も, 堕落した資本家の利権政党と, 超国家非国民的無産政党は存在するが, 愛国的無産政党が存在しないという問題を抱えていたことがわかる.

 この本に書かれた「無産愛国党の綱領」の第1条, 第2条, 第5条は完全に現代に合わない内容なので使えないが, 他の部分については応用が利くと思う.

 天皇主権, 国家神道による祭政一致, 治安維持法, 言論弾圧, 徴兵制, 利権のための戦争, 非近代的立憲主義憲法を絶対に認めない前提で, 愛民, 愛郷の無産政党が今の日本には必要だ.

 具体的には, どの国に対しても土下座外交禁止, 重武装中立化, 反グローバリズム, 反新自由主義, 社会民主主義 (搾取無き国家), 原子力発電所廃止, エネルギー完全自給, 食料完全自給, 利子・負債を生まない通貨発行, 移民政策反対 (出入国管理及び難民認定法の大幅規制強化), 外国人地方参政権反対, 人権擁護法案反対, ヘイトスピーチ規制法廃案, 表現の自由の完全実施を掲げる無産政党が必要である.


発行年 著者 / 出版社 書籍名 頁数
1929年 高畠素之 / 日本評論社 批判マルクス主義 340頁 (コマ番号: 186)
高畠素之は, 愛国勤労党の党員だった.

「批判マルクス主義」303~314頁

【引用始め】---------------------------------------------------------
13 無産愛国党の基調

無産愛国党の必要

 日本には随分沢山の政党がある。新米の無産政党だけでも3つも4つもあり、旧来の既成政党も政友、民政の2大党のほかにいろいろ小っぽけな政党が介在している。この上にまた、新しい政党ができるのもうるさい話であり、またできる余地もなさそうに思われるが、ここに1つ、どうしても生るべくして生れず、さりとてまた、生れざるままに放任することもできないという退っ引きならぬ必要を痛感するのは、無産愛国党である。
 名前は何でもよろしい。愛国大衆党といっても、あるいは国民社会党といっても、急進愛国党でも何でも好いが、とにかく無産愛国を標榜した1個の政党が成立すべきであると思う。現在の無産政党はいずれも超国家非国民的なるがゆえに排撃しなければならぬことはいうまでもないが、これらの無産政党に対して既成政党はどうかというにこれも1つとして感服すべきものはない。

現存政党は皆いけない

 無産政党側では、既成政党を称してブルジョア政党と呼び、その意味においてこれが排撃を企てている。なるほどブルジョア政党に違いない。けれども私が今の既成政党を非とする所以は、必ずしもそれがブルジョア政党だからではない。ブルジョア的のプロレタリア的のといったところで、それは政党の経営者自身がブルかプロかということである。経営は仮令ブルジョア的に為されているにしても、政党の最も急所とするところは選挙である。選挙の相手の一般選挙民である。で、普通選挙となれば、選挙民の大多数は中産階級以下で、一般のプロレタリアと称する階級を含んでいる。そこで、選挙を重んずる以上、自然、これらの顧客たる選挙民の気に入るような、政策を掲揚する必要がある。政党それ自身の経営はブルジョアによって為されていても、選挙に勝つにはこれらの中産以下一般プロレタリアを釣らなければならぬ。そこで、既成政党といえども掲ぐる政策は自然に急進的となり、プロレタリア的となってくる。それはあたかも、中流以下の階級を顧客とする各種産業がいわゆる大衆的になって、その営業方針、客の扱いぶり等、すべて封建的貴族的臭味を斥ぞけ、下層階級を尊重するのと同様である。浅草あたりの飲食店、興行等がいかに大衆的なるかを見よ。彼らの営業ぶりはいかにも平民的、民衆的、プロレタリア的である。さればといって、経営者はプロレタリアでなく、大きな営業はいずれもブルジョア的資本家によって為されている。
 政党もそれと同様である。政友会や民政党がブルジョアの経営だからといって、その政策標榜までがブルジョア的だと見るのは滑稽浅薄な唯物史観である。政友会も民政党も、普選による選挙を眼目とするかぎり、いずれも民衆的プロレタリア的の政策を重んぜざるを得ない。現に今日の標準からいっても、各種の無産政党から既成政党を引き括めてその政策を対照して見るに、国体に関する点はともかく、国民生活上の諸政策においては、大した本質的差違もない。民政党の政策と社民党の政策とを対照して、一体どこにブルジョア的とプロレタリア的との差異があるか。こういう次第だから、私は、既成政党がブルジョア的だという意味で、これを排斥しようとは思わぬ。私が既成政党に非点を認むる理由の主なるものは、現存無産政党を非とする理由と結局同一である。すなわち国家国体主義の立場から非難するのである。

真の愛国者は無産階級にあり

 既成政党は無産政党と異なり、いずれも皇室に対する忠誠を標榜していることは事実である。しかし、実際の行動が果たしてその標榜と完全に一致しているか何うか疑問である。この点においては、彼らの態度はかなり不真面目である。ふざけ切っている。その害毒の及ぶところは、結局において無産政党と選ぶところがない。例えば政友会のごときは最も熱心に皇室中心主義を振りかざしているが、実際にはそれが単なる方便なのか、真剣な動機から出ているのか疑問とすべき点が多い。場合によっては議会中心主義に対して皇室中心主義を強調するかと思えば、自己が政権を握るに都合の良いときには憲政常道論を力説して実質上議会中心主義と同様の理屈をコネる。そうかと思うとまた、例の不戦条約の「人民の名において」の問題のごとき、皇室中心主義の政治の立場からすれば極めて重大な問題であるに拘らず、方便的にこれを看過して知らぬ顔をしている。どうしても不真面目と評するのほかはない。
 こういう風で、国家国体の問題からいって、現存の政党はいずれも頼りにならぬ。無産政党に限らず皆だめだ。社会的に高い地位を占めている階級は、その爵位、勲等、知識、財産等に兎角囚われがちで、赤裸々になって皇室を敬い国体の尊厳の前に拝跪する気持ちになれない。で、真の愛国者は、無産者の間に求めるのほかはないのである。彼らは誇るべき地位も学問も財産もないかわりに、それだけ愛国的の精神は純粋無垢である。裸一貫の、赤裸々な気持ちになって皇室を敬い国体の尊厳に恭順している。我が日本の真の意味の愛国要素は、どうしてもこれらのプロレタリア階級に求めなければならないのである。
 これが、私の無産愛国党の必要を信ずる理由であるが、無産愛国党というからには、それに適当した綱領政策を掲げなければならない。その綱領政策はいかなる観点を基調とすべきか。それについて極めて大体の私見を述べて見たい。

無産愛国党の綱領

 第1条においては、国家国体に対する絶対的恭順を示すこと。

 第2条においては、国家国体に対する犯罪の取締法規を極度に峻厳化すること。

 第3条においては、我が国における中流以下の階級は農民が多数なのであるから、農民の生活安定を目的として、そのための現実的諸政策 ( 例えば耕作者の土地所有、肥料の国家府県的配給、低利資金の融通等のごとき ) を定める。

 第4条においては、工場労働者の生活安定に対する諸政策を定める。

 第5条においては、徴兵に伴う失業脅威に対する防止策を講ずる。

 第6条においては、物価の公定策を図る。 ( 今日においては、いかに労働条件を改善しても、それらの改善に伴う企業主の負担は、間接に物価引き上げによって埋め合わされるゆえに、結局、一般無産者の生活実質にとり大して有利でないことになるから、物価の決定は自由競争経済の市場的決定に一任せず、国家自らが価格標準を示すということにすべきである。同時に米穀のごときは、今日の生産力からいえば、価格と価値との均衡が一向とれていない。この点についても、国家が中間に介在して充分の調節を図るべきである。あるいは米穀官営も一策であろう。 )

 第7条は軍備の充実である。充実とは必ずしも拡張を意味しない。軍備に関しても無駄な費用はできる限り除かねばならない。その意味において ( 費用の縮小という意味において ) 、軍備縮小となるなら、それも不可ではない。だがこれは、縮小のための縮小でなく充実のための縮小でなければならぬ。

 最後に外交方面においては、対支政策が重心を占めるのは今日の場合避けられない。それについて、日支親善を急務とするはいうまでもないことである。が、さればといって今日の無産政党のごとく、何でもかでも支那の観点から評価を下すという国賊的行方は勿論排斥しなければならぬ。この点、民政党のごときも、すべての欠点を日本側になすりつけるような口吻を弄しているがこれは大に慎むべきであると思う。例えば済南事件の責任は田中内閣にありと呼号するごときは、無条件的に売国的である。支那がやたらに難クセをつけてヂラスのも、要するに日本の対支国論が統一していないと見縊られているからであると思う。で、無産愛国党の立場としては、大体、次のような行き方が好いと思う。すなわち対支外交を非帝国主義的に合理化してアジアに対する欧米帝国主義の脅威に具え、日支の共存を確保する。
まずこの辺が吾々の目標たるべきであろう。
【引用終わり】---------------------------------------------------------


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 無党派の筆者による, 無党派の岐阜県民・岐阜市民のための地方自治分析.
 県民・市民ひとりひとりが行政を監視できるよう, 情報源を整理.
 利子・負債を生まない自由貨幣型の地域通貨, 県営の地熱発電所, 農業公共事業に夢を見る.

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